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太平洋戦争 朝鮮人犠牲者

太平洋戦争で犠牲となり、日本の軍人・軍属として亡くなった朝鮮半島出身者がいる。
「日本人」として死に、韓国では「反民族行為者」と見なされた。俳優の黒田福美さん(61)はそんな人々を弔う帰郷祈願碑を韓国泗川に建てたが光復会から抗議を受け、今は、ソウルの法輪寺にて、横倒しになったまま。
 きっかけは25年ほど前、黒田さんが見た夢だった。青年が現れて言った。
「僕は朝鮮人なのに、日本の名前で死んだことが残念だ」

 黒田さんは東京の靖国神社や、国籍を問わず戦没者らの名を刻んだ沖縄の「平和の礎(いしじ)」などを訪ね、戦時中、鹿児島県の知覧にあった特攻基地から沖縄の空へ飛び立ち、亡くなった一人の朝鮮人青年、「卓庚鉉(タクキョンヒョン)さん」のことを知る。調べていくうちに引き寄せられていき、夢の青年と信じるようになった。

 厚生労働省によると、日本の軍人・軍属のうち、朝鮮半島出身は約24万人、死者は約2万2千人とされる。経済的な理由から志願した人もおり、「日本にくみした」として非難された。韓国内では近年、徴兵・徴用された人への名誉回復の動きもあるが、そうした戦没者の存在を周囲に知られまいと、身内の中には口にするのも拒む人がいる。

 黒田さんは泗川市で慎重に建立の準備を進めた。碑文は地域全体の戦没者を追悼する内容にした。
 08年5月、ようやく碑が建ち、慰霊祭が執り行われるめどがついたが、一部の市民団体が激しく抗議。慰霊祭は中止となり、市は碑を撤去した。

 黒田さんは碑を竜仁市の寺に移し、今度は韓国全ての戦没者を弔う内容に改めた。それでも「碑銘も見えてはいけない。完全に埋めてしまえ」と抗議は続いた。何とか食い下がり、片側だけは見える形で横たえられた。
 著書「夢のあとさき 帰郷祈願碑とわたし」で、エピソードを紹介している。
 「異国の地で、日本人として死ななければいけないことがどれほど無念か。多くの韓国人は心の中では弔いの念を抱いているのではないか」。同胞たちの手によって弔われる日がくるまで、黒田さんは自分がその役割を担おうと思っている。この秋も、空を見上げた碑の前で、静かに手を合わせるつもりだ。

<朝日デジタル新聞(清水大輔)より引用>

カナダラ韓国語教室では、この活動に共感し、関心を持つご受講生徒と共に、参座させていただいております。コロナが収束し、この活動が再開することを祈っております。今年2022年は、10月4日に現地(法輪寺)にて、九九節の法要が営まれます。オンラインにて参加可能です。

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